音楽

菅原明朗−日本の交響作品展5−

1981年4月5日

1939年から1981年(81才)迄の作品を聞きプログラム中の文章を読む。81才になっても衰えない創作力(生産力)を支えているものは、むしろ冗舌とも思える程の旋律の動きに自分をまかせていく、その姿勢にあるだろう。しかし、管弦楽を統御する技術は古典に範を持った厳格なものであり、その楽器法と正統的な色彩感が無かったならば、単なる旋律の垂れ流しのみにとどまっていたことであろう。純音楽的な資質は無限に拡大していく旋律にあると思う。しかしこれのみでは現在もなを書き続けていく創作力の根拠とするには充分な説明になるとは考えられない。単に歌心−ウタゴコロ−のみでは作品はマンネリズムにおちいり、なをそれによって書き続けて行こうとするば自分の感性自体にもそれがはねかえってくるだろうからである。少なくとも菅原明朗の現在までの作品の中にはそのような感性のマヒは感じられない。古典的な枠組みの中でむしろ自分の幻想を自由に繰り広げて、音像自体はむしろ感覚的な発想しか感じられない。苦悩や自己亀裂の無い音楽。音楽には確固たる分が存在するということで、その枠の中で自由に生産していく姿勢。 この認識が大きなVisionの中で形成されていることが彼が現在もなを衰えぬ創作力をもち続ける原因となるだろう。残念なことに彼のように大きな広い展望の中で音楽を認識するような人間がある時期以後、殆んど皆無になってしまい、現在音楽の現場にいる音楽家達は近視眼的な視点しかもっていないか、あるいは、視点を支える教養の浅さ、または認識力の無さのためにトンチンカンな方向に走っているかのいずれかである。菅原の場合は大きな展望のもとでの認識力とそれを支える知識が、かれの創作力に影響をもたらしているのは疑いがないと私は考えるが、それが彼の作品にある「暗」の部分−「明」に対する−を形成するまでにはいたっていないということが、その幻想の豊かさにも関わらずいま一歩の説得力をもって私に向かってこなかった理由であると考えたい。しかしその音楽はその人の営んできた年月に対応した成熟を示している。又、彼の文章の中にはこの作曲家の決して教条的にならない適確で深い事象への認識が語られている。

○ポリフォニーとホモフォニーの音楽は別のものではなく、旋律観の異なった美意識から生まれるものだと思うようになりました。
○「旋律とは音の運動がトナリティーのイマージュを作り出すリズムである。」旋律の勉強が、音楽への精進とそのメトードを導いて行ってくれる只一つの道だと思うようになりました。
○くり返すが聖堂は典礼のために建てたのである。宗教芸術の場合、その建築よりも、彫刻よりも、絵画よりも、典礼の方が重要なのである。宗教芸術では造形は典礼の大道具、小道具や照明の用をするものが非常に多い、これを忘れて中世紀の芸術を体験するのは不可能である。〜 仏教の密教美術を法会を徐外して見るならばただのグロテスクなだけの作品が多い。風土,場所,人間生活との行動‥‥‥これらを徐外して作品だけを独立して鑑賞し得るのは、芸術が分化、孤立しきった十九世紀プチブル文化の最も哀れな姿の作品の場合だけにより通用しない。(エッセイ抄 プログラムより)

ラ・サールS.Q

1981年5月26日

Webern:6つのバガテル 70年代以降の作品は何故、良い作品が少ないのか.

湯浅譲二 : SCENES from Basho−第7回民音現代作曲音楽祭−

1981年5月0日

三つの楽章からなる、ほぼ二管編成のOrch。どのOrch作品も結局は同じような響きになってしまうというのはその編成による。作曲家は増やすことよりも、むしろ削り取ることに勇気を持たなければならない。0(ゼロ)から発想して最も適切な組合せを考えるべきだ。又は方法(手法)についても限定することに迷いを持つべきではない。もし自分が望んでいるイメイジが明確であるのなら、それを実現し得る最良の方法も又、一つでしかないのだから。SCENES from Bashoは簡潔さへの徹底によって確かな空間を獲得した作品だ。冒頭、T-BellとCl. のsustain による導入から始まり、三曲通して外見的には殆んど目立った対比のない三つの楽章は、その対比の無さによって、むしろ短い時間(物理的)の中で永遠化する時の流れに継がって行くことが可能になっている。『クロノプラスティック』『時の時』よりの手法がここで簡潔に総合されていることには驚きを感じる。湯浅は音で論理を構築していくタイプの作曲家であり、その姿勢の中に一貫した流れ以外のものを見出すことはない。

音を定着した作品にはどこまでも徹底性が要求される。少なくとも今日、只今この時には、作曲家の創作時の構想の移り変わり、新しい思いつきの発見等の作家の机の上でのプロセスのドキュメンタリィー等は、私は聞かされるのもゴメンだし、少なくとも今はそんなものは何の価値もない。つまり、どのような手続きを踏もうと提出された作品はその時点でアプリオリに一つの世界を示していなければ、少なくとも書かれた意味がない。表現のアイマイさが残ったまま作品を公表することは作り手の甘えであると自分自身には言い続けてゆきたい。

現代作曲家の夕べ

1981年8月17日

結局の所表現の問題に戻ってくる。何をどのように表現するか(したいか)。 本当に作曲したいのか、又曲を書き人に聞かせるということは如何なることなのか。 始めの地点から私は進んで行こうどんなに孤立しようとも、私にとって問題は、他者に対して感じたように自分がパースペクティヴのない音楽しか書けないのではないかということ、それも又、書いてみなければわからない。

ローリー・アンダーソン“ナチュラル・ヒストリー”

1986年4月12日

初めてこういうコンサートに行ってみたが、色々な意味で考えさせられる物だった。期待していた程、面白くは無かったが、所謂クラシックの演奏会に比べれば、ずっと面白いし(現代音楽の会等は問題外)全てがP.A されていると言うことが逆に非常にリラックスした気分にさせてくれる。そこで演られた音楽自体はむしろ単純な物と言って良いくらいだが、多分そう受け取るべきではないのだ。今、表現芸術は新しい総合化に直面していて、それぞれの分野が、或る未分化の状態を無意識に指向している。 ……そう考えるべきだろう。その中では当然、音楽自体も変化して行くことになる。多分それが“ビート”という言葉で表される物に象徴されている。オスティナートとも違うこの“ビート”という概念をどう掴まえられるかが、今、当面する課題になりそうだ。今、新しいかどうかとか、いわゆる本物性等は少しも重要ではない。軽さと、速度感がその核心にあり、多分それが今一番本質的なことなのだ。

マーラー:第6交響曲−マーラー・シリーズ(若杉・都響)於サントリー・ホール−

1989年1月26日

良い演奏だった。でもマーラーの第6交響曲のようなエモーションの固まりのような曲は単なる「良い演奏」だけでは本当の満足は与えられない。マーラーの音楽はオーケストラに全力で立ち向かわせる事を要求する。コンサートで聴くという体験は実際に生のバランスを聴くという確定的な要素を得るということではなく、オーケストレイションのある実現できる範囲を見極めること、そしてステージ上での効果のある組み合わせのパターンを知ることの二つ、さらにつけ加えれば全体の持続する流れを体験できる、以上の3点に集約される。ブームとしてではなくマーラーの音楽の何が人々を引きつけるのか?現在という時が人々にに与える切迫感とマーラーの音楽に存在する強迫観念が共鳴しているのかどうか、他の作家に比べ特にマーラーの音楽に現在という時と共鳴する者が存在することは確実だろう。

クロノスカルテット
良いカルテットだ。殆んどノン・ヴィブラートで演奏する驚異的なアンサンブル!そして、現代の様々な様式の曲に対して全く柔軟に対応する。むしろこのカルテットでベートーヴェンの曲を聞いてみたいと言う強い欲求を感じた。

『アルヴォ・ペルト自選プログラム・コンサート』

1991年4月27日

26日、東京芸術劇場大ホールで『アルヴォ・ペルト自選プログラム・コンサート』を聞く。かなり思い入れ過多の感じがしたが、全体として演奏は良かった。驚いたのは1968年の『クレド』そう思って聞けば、今のペルトの音楽を彷彿とさせる所はあるが、かなりペンデレッキなどポーランド楽派の影響を感じさせる普通の現代 (当時の) 音楽である。このコンサートでは最も最近の作品『フェスティーナ・レンテ』等を聞いていると、ペルトの音楽には聞くものにある種ノスタルジーを感じさせる響きがする( 懐かしい響き) 。音楽の構成、モティーフといったものよりも響き、香り、触覚等、感覚的なものが濃密に漂っている。ペルトの音楽を単純に「古楽のスタイルへの先祖返り」としてみると、この感覚的なこだわりの部分が見えにくくなる恐れがある。寧ろ自分の内面を根源的に見つめ直した結果が彼のカルチャーを背景にした結果として、あの様な音楽になっていったのだろうと思った。

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