プログラム

堀越 隆一みちこ 1998-2000 個 展/リサイタル

 

  2000年12月18日(月)/すみだトリフォニーホール小ホール

 

program

violin : 堀越 みちこ
piano : 中川 俊郎(客演)

ごあいさつ

本日は、師走のお忙しいなか、私共のコンサートに足をお運び頂き誠にありがとうございます。時々作曲家とヴァイオリニストの理想的なカップルと思われる方がいらっしゃるようですが実態はさにあらず、まるで荒手の高利貸と一つ屋根の下に居るようなもの...
今日は何小節できた? 明日は何小節できるのか? とっとと全曲仕上げておくれ! いったいいつになったら出来るのかえと毎日々々が針のむしろ。出来たらできたで「さあ、私は練習よ」と雑事一切お鉢が回ってくるけれど、自分の曲をさらっているので文句もいえず、雨にもまけず、風にも負けず、そんなこんなで、いつのまにやら17年....本日はそんな私共の生き様を伝えられる演奏会にしたいと思っております。

2000年12月18日
堀越隆一 みちこ

プログラムノート

堀越 隆一

C.ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ

ドビュッシーは晩年、自身の体調の不調と当時勃発した第一次世界大戦という内面と外界からのショックから立ち直るなかで「さまざまな楽器の組み合わせによる六つのソナタ」を書く構想をもった。実際には三つのソナタが現存し、この「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」はその最後に書かれ作曲家の絶筆になった。ベートーベンからワーグナーへと続くドイツ音楽の系譜、その呪縛から逃れた場所に自分の音楽的な場を確立することはおそらく彼の終生の課題だった。ゲルマン的なスタイルではないソナタがあり得ることを証明する方法はドビュッシー(作曲家)にとって一つしかなかった、それは作品を書くことだ。ドイツ音楽の与える堅固な建築物に例えられる統一感に比べると、ドビュッシーがこのソナタで到達したフォルムは僕には生命体の生み出す有機的な美しさと統一感に例えられる。でもそれは極めて意識的なものだ。1916年から1917年にかけて作曲、全体はAllegro vivoの第1楽章とFinaleの間に間奏曲が挟まれた三つの楽章で書かれている。初演には作曲家自身がピアノ伴奏者として聴衆の前に立ち、それがドビュッシーが公に見せた最後の姿となった。

彫刻する(pf.solo)

この曲は昔書いたピアノ曲がもとになっている。その時に語り尽くせなかったものが僕の心のなかでずっと残っていて、いつかもう一度正面から向き合ってみたいと思っていた。時間の流れのなかで音を削り、彫琢するように曲を書きそのプロセスが題名になった。
初演:1998年10月[20世紀ピアノ音楽の領域]( pf:大澤るり子)
出版/JFC9906 CD/JILA1105

ソノリチュード(vn.solo)

バイオリンのソロで曲を考えているうちに、僕はふと気がつくと「孤独」(solitude)と「響き」(sonority)という二つの単語を繰り返しはじめていた。やがて僕のなかに一つの物語が生まれ、タイトルも決まった。
初演:1999年11月[JFCアンデパンダン](vn:堀越みちこ)
未出版

ベートーベン:ヴァイオリン・ソナタ第7番 作品30-2

1802年に作曲された作品30の三つのヴァイオリン・ソナタは、ロシア皇帝アレクサンドル一世に献呈されたため別名《Alexander》ソナータとも呼ばれている。ベートーベンが自分の音楽的パワーを全開にして創作を続けていた中期の作品群に属している。今夜演奏されるこの第7番のソナタは、なかでも『運命』『悲愴ソナタ』『32番のピアノソナタ』等他のベートーベンの劇的な作品に共通する調性であるハ短調で書かれ、この前後に書かれた第2交響曲や第3交響曲『エロイカ』に匹敵するシンフォニックな構想と規模の大きさを備えている。四つの楽章はソナタ形式の第1楽章、変イ長調アダージョ・カンタービレの第2楽章、第3楽章はスケルツォ、そしてハ短調のロンド形式アレグロのフィナーレへと続く。

ヴァイオリン・ソナタ -初演-

今回の『個展/リサイタル』のために作曲。三つの楽章で構成されている。三つの小さな物語りがそれぞれ独立していながら、ある部分で互いに関わりを持って並んでいる短篇集のようなものを書こうとした。

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堀越 隆一みちこ 2002 個 展/リサイタル

 

 2002年6月18日(月)/すみだトリフォニーホール小ホール

 

program

violin : 堀越 みちこ
piano : 中川 俊郎(客演)、堀越 隆一( *ソング・ブックのみ)

ごあいさつ

本日は「堀越隆一みちこ2002個展/リサイタル 」に足をお運び頂き誠にありがとうございます。2000年の12月に「堀越隆一みちこ1998-2000個展/リサイタル 」として始めたこのコンサートも、今回ようやく回を重ねることができました。ご来場下さった皆様、そして今回の公演を実現するにあたり様々なかたちでご援助ご協力を頂いた皆様に厚くお礼申しあげます。

2002年6月17日
堀越隆一 みちこ

プログラムノート

堀越 隆一

F. シューベルト:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 D 574

音楽(芸術)作品は作者の当初の動機を裏切って成立してゆくものだ。あるいはこう言い換えてもよい、人(作家)は一般的に言って自分の成りたいと思う姿と、結果として到達した姿が異なることが往々にしてあると。そしてもし音楽作品に固有の価値があり、個々の作曲家の資質、特性というものが存在するとすれば、それは作家自身のもつモチベーションと結果として成立した作品との差異の中にあるように思われる。シューベルトの器楽作品、晩年の室内楽や交響曲、遺作のピアノソナタにいたるまでのその作品中に流れる時間をどう理解すれば良いだろうか。批評家(ジャーナリスト)としてのR.シューマンが「天国的な長さ」と言ったのは、シューベルトの音楽の持続の特異性を何か言葉で表現する必要性に迫られたためだと思う。本当はここから一気に作家論に行きたいのだが、すでに曲目解説の範囲と分量から大幅に逸脱している。乱暴に僕自身の結論を言おう。シューベルトの音楽はおそらく作曲者自身の願望と裏腹に、資質としてドラマを避けているように思える、多分この作家にとって作品を書く行為とは常に一つのインティメートな物語を語ることだった。これはかたちが交響曲であれ晩年の長大な室内楽であれ変わらなかった。今夜演奏されるこのイ長調のヴァイオリン・ソナタも全体は四つの楽章で構成され、どの楽章も古典的な様式で明確に分けられている。でも作曲家は常にその底流で同じ一つの物語を語っているように思える。作曲は1817年。1851年にA.ディアベリ書店から「二重奏曲」として出版された。

風の森と鏡の村(pf.solo)

「風の森」と「鏡の村」の二つのピアノ曲は、どちらもある場所の地名がタイトルになっている。二つの曲はそれぞれ異なったアプローチ、コンセプトで書かれているがどちらも同じ場所(世界)に存在している。
初演:2002年4月[21世紀ピアノ音楽の領域]( pf:鈴木智恵)

ソング・ブック(va, pf)

古いリトルネロの様式で書かれている。ピアノのリトルネロに導かれてビオラが様々な「歌」を歌っていく。この曲は初演の翌年にタタールスタンの首都カザンで開催された国際室内楽フェスティバルで演奏された。以後ロシア、東欧地域からアメリカ合衆国まで世界各地で演奏されている。タイトルには「古い歌が書き残された本」という意味をこめた。
初演:1992年12月[現音秋の音楽展'92](va:堀越みちこ、pf:土屋律子)

六月のオーバード(va.solo) -初演-

今回の『個展/リサイタル』のために作曲。曲名の「オーバード」(aubade,alborada)というのは、恋人との朝の別れを歌った中世の吟遊詩人の歌で、楽語辞典では「朝の音楽」と訳されている。17、18世紀以降に発展して器楽曲のジャンルになった。ビゼー、R.コルサコフ、ラヴェル等多くの作曲家がこのタイトルを用いて作品を書いている。

A. ピアソラ:ル・グラン・タンゴ(vn, pf)

オリジナルはチェロとピアノのための二重奏。ロシアのチェリストで現在は指揮者としても有名なロストロポーヴィチの依頼でピアソラが1982年に作曲、初演は1990年と書かれている。実際はビオラでも演奏は可能なのだが、敢えてこのコンサートのためにヴァイオリンとピアノの二重奏に編曲した。冒頭も含め編曲の過程で原曲の何ケ所かに手を加えている。

あとがき(我が家の子供達へ)

パパは夜中に作曲するしママはコンサートがせまると下の子が寝てから練習を始める。し たがって、昼間、君たちの目に映る両親の姿はいつもボーっとしている(ような気がする)。全く遊んでやれない時もあるかと思えば突然映画に行こうと言い出したりする。こんな親達にもかかわらず、二人ともマイペースで、すくすくと成長してくれていることに心から感謝しているよ。いや本当に!

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堀越 隆一みちこ 2003 個 展/リサイタル


 2003年12月26日(金)/旧東京音楽学校奏楽堂


ごあいさつ

本日は「堀越隆一みちこ 2003 個展/リサイタル」に足をお運び頂き誠にありがとうございます。ご来場下さった皆様、そして今回の公演を実現するにあたり様々なかたちでご援助ご協力を頂いた皆様に厚くお礼申しあげます。


2003年12月26日 堀越隆一 みちこ


program

堀越 隆一:ソノリチュード 1999
Ryuichi Horikoshi : Sonolitude for Violin solo

S.プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ ニ長調 1944
Sergei Prokofiev: Sonate No.2 for Violin and Piano op.94b

第1楽章 Moderato
第2楽章 Scherzo
第3楽章 Andante
第4楽章 Allegro con brio


S.プロコフィエフ:行進曲「三つのオレンジの恋」より(堀越隆一編曲)
Sergei Prokofiev : March from"The love for three oranges" (arr.by R.Horikoshi)

堀越 隆一:石の年代記写本 -ピアノと弦楽合奏版- 2003(初演)
Ryuichi Horikoshi : The stone Chronicle Codex for Piano and Stringorchestra

1. 序章    Introduction
2. 舞曲II              Dance II
3. 対話       Dialogue
4. 世俗的な歌    Secular song
5. 間奏曲            Intermezzo
6. 対話 IV           Dialogue IV
7. 悲歌                Elegy
8. 終章                Conclusion

堀越みちこ/Michiko Horikoshi violin
中川俊郎/Toshio Nakagawa piano
堀越隆一/Ryuichi Horikoshi cond.
アルエム弦楽合奏団 /Ensemble ArtAim

プログラムノート

堀越 隆一


ソノリチュード1999


特に理由があったわけではないのだが、バイオリンのソロで曲を考えているうちに、僕は心のなかで「孤独」(solitude)と「響き」( sonority)という二つの単語を繰り返しはじめていた。やがて僕のなかにひとつの物語りが生まれ、タイトルも決まった。
初演:1999年11月[JFCアンデパンダン](vn:堀越みちこ)
出版/キックオフ



S.プロコフィエフ作曲
ヴァイオリン・ソナタ第2番 ニ長調


人は誰でも自分の生まれた時代は選べない。とは言ってもプロコフィエフのように時代の波に翻弄される人生も本人にとってはなかなか大変なものがあると思う。だが革命後ソヴィエトに帰国した後、スターリン政権下での芸術家にとって地獄のような日々(と思うのだが)の中で書かれた膨大な作品群にその影を積極的に見いだすことは難しい。僕にはそこにこの作曲家の本質的なナイーブさと、政治に対するニヒリズムに近い無関心さを観ることが出来る。もう一つこの作曲家の特質としてあげるとすれば、それはメロデイーの中にあるストーリーテリングとでも言える持続性と、まるで音楽に空間があることに耐えられないとでも言うかのように音符を詰め込んで行くそのスタイルにあると思う。
この作品は第2次世界大戦中、ドイツ軍がロシアに攻め入った時代「フルート・ソナタ」として1942年から1944年にかけて作曲され、モスクワで初演された。その初演を聴いたダヴィード・オイストラフの提案で 「ヴァイオリン・ソナタ」 に改編され今日ではop94のaとbの二つの形で出版されている。全4楽章から成り、外見は古典的なスタイルで作曲されているが。曲全体を統御しているものは、絶え間なく物語を語り続けるようとする情熱ではないかと思える。



S.プロコフィエフ作曲
行進曲 -歌劇「三つのオレンジへの恋」より-(堀越隆一編曲)


原作者のカルロ・ゴッツィは18世紀のイタリアの劇作家で、この戯曲を含む十篇の『寓話劇』(1761〜65)によってドイツ、フランスのロマン派の作家に大きな影響を与えた。またこの『寓話劇』は初演当時から多くの作曲家の創作意欲を刺激したようで、主なところだけでもワーグナーの最初のオペラ『妖精』の原作となった『蛇女』を筆頭に、プッチーニとプゾーニがそれぞれにオペラ化して有名な『トゥーランドット』があり、また一番最近ではヘンツェが1956年に『鹿の王』をオペラ化している。プロコフィエフはこの歌劇をアメリカ時代に作曲。シカゴで初演したが、現在では第二幕で演奏されるこの行進曲のみが演奏会のレパートリーとして残っている。 お伽噺のような荒唐無稽なストーリーはオペラ大事典などでも読むことが出来るので興味のある方はどうぞ、一般にはハイフェッツ編のヴァイオリンのピースが有名だが本日はこの演奏会のために弦楽合奏に編曲したものを演奏します。


「石の年代記写本」 -ピアノと弦楽合奏版- 2003(初演)


「石の年代記」は古くから多くの書物のなかに引用されているにも関わらず、その実在が証明できず幻の文献とされていた。アレクサンダー大王が東方遠征の時持ち帰ったとされるこの文献には、年代記とよばれる文章の他、多数の建物や調度品、楽器等の製作図面と楽譜の様なものが含まれている。この曲で僕は「年代記」の世界を音楽的に再構成しようとした。実証的な古い音楽の再現ではなく、そこに生活した人々の息吹きが感じられるような空間を再現できればと思った。始め、2001年の秋にFl,Cl,Vn,Vc,Pfという楽器編成で「写本」の中の10曲が完成。今回はさらにその中の6曲を独奏ピアノと弦楽合奏版に書き改め、新たに二つの楽曲を追加した全8曲の形で演奏される。
全体を曲順に解説すると

1.序章(pf.str-orch)「石の年代記」の世界への導入部。2.舞曲II(pf.solo) 戦いへ向かう戦士の踊り3.対話(str-orch)賢人達の哲学的な対話 4.世俗的な歌(pf.str-orch)夕暮れの街角、ヴァイオリンが酒場の音楽を奏でる 5.間奏(pf.str-orch)間奏曲、夜の音楽 6.対話IV(pf.solo)和解することの無い論争 7.悲歌(pf.str-orch)死者と遺された人達への哀歌 8.終章(pf.str-orch)エピローグ、序章の再現と写本の世界からの別れとなっている。


アルエム弦楽合奏団について


アルエム弦楽合奏団(Ensemble ArtAim)は、2003年の4月に作曲家の堀越隆一とヴァイオリニストの堀越みちこにより結成され、年齢構成は幅広く小学3年生から86歳まで多岐にわたっています。毎月の練習と、地域でのボランティア活動、そして聖路加病院トイスラーホール主催のコンサートへの定期的な出演等を通して研鑽を積んでいます。
この合奏団結成のきっかけは、家内が学生時代ベルリンで学びこれまでの内外での演奏活動のなかで蓄積してきたアンサンブルの技術と私自身の現場での経験を何らかの形で社会へ還元出来ないかと思いたったことが始まりでした。メンバーはこの趣旨に賛同して参加してくれたプロの演奏家達と、音楽を学ぶ学生や子供達、またアマチュアの音楽家にも門戸を開いています。水準の高い演奏を目指して皆で一つの演奏を作り上げてゆくことの喜び知って欲しいという願いは少しづつではありますが、今着実に育ってきていると思っています。


堀越 隆一



発端は、子供達をコンクールに出す時に何か足りないもの感じて知り合いの老人ホームに行って演奏させてもらったことからでした。「今日は自分が上手に弾くためじゃ無くて、車椅子や杖をついて聞きにきてくださるおじいさんやおばあさんのために弾きましょう」と言うと子供達の演奏がパッと変わりました。自分の演奏が人の役に立つということは、かけがえの無い喜びだということをヴァイオリンを通して体験したと思います。それまで大人の生徒達と組んで行っていたアンサンブルに是非子ども達も加えた弦楽合奏を行いたいという夢を持つようになりました。私には子供達が音楽を通して人として成長して欲しいと言う思いかあります。アンサンブルというのはそれぞれが「人を生かして、自分も生きる」といった、ある意味で社会生活に通じるものがあると思います。まだ発足して間もない合奏団ですが皆様の御陰で思いの他老人ホームや病院でのコンサートを持つことができ感謝しております。今後はより一層精進して行きたいと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。
それにしても、合奏団を運営して行くと言うのは思いのほか、大変なことでした。練習場の確保、楽譜の弓付け―おかげで主人の仕事場は仕損じたコピーの山・・・・・すみません


堀越みちこ



Music Director       堀越 隆一(指揮/編曲) 
Concert Mistress   堀越 みちこ 
Violin 上田 麻奈未 宇多 紫織 榎戸 邦慶 大内 喜久子 
                大森 彩加 川邊 槙也 腰高 多恵 斉藤 知子
                関野 羽純 田中 佐知子 林 真理子  福田 玲紗
                本多 菜穂子 吉川 采花  磯 響子(賛助)
                村上 英子(賛助)
Viola       宇多 信敏 大槻 桃子 綿貫 静子
                 秀川 みずえ(賛助)
Violoncello 穴田 貴也 堀越 晨裕 鈴木 和生(賛助)
Contrabass 鈴木 智(賛助)

 

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堀越 隆一・みちこ 個 展・リサイタル  2005「春」 


 2005年5月8日(金)/みなとみらい小ホール


ごあいさつ

 本日は「堀越隆一・みちこ 個展・リサイタル2005」に足をお運び頂き誠にありがとうございます。おかげさまでこのコンサートも回を重ね第四回を迎えることになりました。ご来場下さった皆様、そして今回の公演を実現するにあたり様々なかたちでご援助ご協力を頂いた皆様に厚くお礼申しあげます。


2005年5月8日 堀越 隆一・みちこ



program

ベートーベン:ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」
l.v.BEETHOVEN : Sonate fu¨r klavier und violine Nr.5 "Fru¨hling"
第1楽章 Allegro
第2楽章 Adagio molto espressivo
第3楽章 Scherzo
第4楽章 Rondo: Allrgro ma non troppo

堀越 隆一:ヴァイオリン・ソナタ -改訂版-
HORIKOSHI ryuichi : Sonata for violin and piano
第1楽章 Moderato cantabile
第2楽章 Lento
第3楽章 Allegro

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」より「春」
antonioVIVALDI : Concerto del violino "La Primavera"
第1楽章 Allegro
第2楽章 Largo
第3楽章 Allegro

堀越 隆一:「メイポール」ソプラノ,ビオラ,ピアノ,弦5部 -初演-
HORIKOSHI ryuichi: "Maypole" sop, va, pf & str-orch. premiere
1. イブ/Eve
2. 仮面劇/Masuque
3. 祈りと炎/Prayer and Fire
4. 夜明け/Dawn

 

堀越 みちこ violin,viola
HORIKOSHI michiko
中川 俊郎 piano
NAKAGAWA toshio
榎戸 邦子 soprano
ENOKIDO kuniko
堀越 隆一 conductor
HORIKOSHI ryuichi

アルエム弦楽合奏団
ensemble ArtAim

音楽監督  堀越 隆一(指揮/編曲) 
Concertmistress 堀越みちこ(アンサンブルディレクター)


Violin      上田麻奈未 宇多 紫織 榎戸 邦慶 織裳 桃子 

            川邊 慎也 腰高 多恵 斉藤 知子 関野 羽純

            田中佐知子 中川ちえり 中根 万里  林 真理子 

            林 桃子 福田 玲紗 本多菜穂子  吉川 采花 

            和田 明哲 磯 響子(賛助)
Viola       宇多 信敏  綿貫 静子 秀川みずえ(賛助)
Violoncello 穴田 貴也  堀越 晨裕 鈴木 和生(賛助)
Contrabass 増田 琴美(賛助)



プログラムノート

堀越 隆一


日本のようにおおむね穏やかに季節が変化してゆく列島で暮らしていると、なかなか実感出来ないのだがヨーロッパでの厳しい風土のなかでの「春」の到来する瞬間は、まさに生命の誕生に匹敵する劇的なもののようだ。当然のようにそれを題材にした芸術作品は音楽に限らず数多く存在する。このコンサートではそんな「春の到来と喜び」を題材にした作品を中心にプログラムを組んでみた。少し調べてみるとこの春を祝う祭りと、冬の到来する時期の祭り(一般的には万霊節と呼ばれているもの)が季節を区分する代表的な二つの祭りとしてほぼヨーロッパ全域に存在している。この起源は意外に古く、どうもキリスト教文明がヨーロッパに定着する以前のものであるようだ。僕たちは西洋文明の背景にはキリスト教的な世界観があると一般的に考えているが、むしろその深層には古代ヨーロッパにかって存在した土着的なもの(例をあげればケルト等の様々な神話や、伝説等)がベースになって横たわっている。ある地域での文化、文明の発達の過程はその原初の起源を別にすれば日本でも西洋でも、どこも大差は無いように思える。

ベートーベン ヴァイオリン・ソナタ第5番 「春」

"Fru¨hling"(春)という標題はベートーベン自身が付けたものではない。常に強い意志を伴った構成的な緊密さを信条としているこの作曲家にはめずらしく、このあまりにも有名な作品では、全四楽章を通して自然で自発的な流れで作品が書かれている。この曲のモチベーションあるいは全体を統一している雰囲気を強いて言葉で表せば「喜び」と「愛」ではないかと思う。

堀越 隆一 ヴァイオリン・ソナタ(改訂版)

2000年12月の『堀越隆一みちこ1998-2000個展/リサイタル』で初演。昨年、第10回日本現代音楽展への出品を機会に改訂と増補を行った。全体はModerato cantabile、Lento、Allegroの三つの楽章で構成されている。それぞれ独立した三つの物語りが、ある部分で互いに関わりを持って並んでいる短篇集のようなものを意図した。


ヴィヴァルディ ヴァイオリン協奏曲「春」

一般に「四季」として知られている四曲のヴァイオリン協奏曲集はそれぞれが14行からなるソネット(Sonetto)を音楽で描写する方法で書かれていて、楽譜にもこのソネットが当該する部分に付けられている。後年のバッハの「フーガの技法」のように作曲上のコンセプトをタイトルにした「和声と創意への試み」という曲集の最初の第1〜4番にあたる。

La PRIMAVERA
第1楽章Allegro 春が来た
鳥は楽しい声で春を迎え
泉はそよ風に誘われて
甘いせせらぎの音をたてる
黒雲と稲妻が空を走り
雷鳴が春の到来を告げる
嵐がやんで小鳥が再び
さわやかに歌いだす

第2楽章Largo 花に埋もれたうららかな牧場では
木々の青葉がやさしくささやき
犬をかたえに山羊飼いが眠る

第3楽章Allegro ニンフと牧童達は
うるわしく輝く春の日ざしの中で
笛に合わせて踊り踊る

堀越 隆一「メイポール」初演
ーソプラノ、ウ゛ァイオリン、ピアノと弦楽合奏のためのー

始めにも書いたように、西洋にはキリスト教以前の文化が様々な行事の中に残っているように思う。現在行われているMay Dayの祭りや、Maypoleのダンスにはあまりその面影は感じられないようだが、古に存在したであろう祭りの原初的な力強さに想いを馳せてみた。祭りの前夜から夜明けまでを、ほぼ切れ目無く演奏される4つの部分で作曲してみた。


堀越 隆一・みちこ 個 展・リサイタル  2007 Trinity

 2007年6月29日(金)/東京オペラシティーリサイタルホール

 

ご挨拶
本日は「堀越隆一・みちこ 個展・リサイタル2007」に足をお運び頂き誠に

ありがとうございますおかげさまでこのコンサートも回を重ね第五回を迎える

ことになりました ご来場下さった皆様、そして今回の公演を実現するにあたり

様々なかたちでご援助ご協力を頂いた皆様に厚くお礼申しあげます
2007.6.29 堀越 隆一・みちこ

program

ベートーべン l.v.BEETHOVEN
ピアノ三重奏曲「カカドゥ変奏曲」
Kakadu Variations, op.121a

堀越 隆一 HORIKOSHI ryuichi
「石の年代記写本」ヴィオラバージョン(初演)
1.対話I 2.聖歌 3.舞曲I 4.悲歌
"The Stone Chronicle Codex" for viola & piano
1.dialogueI 2.plainsong 3.danceI 4.elegy

ヴァイオリンとチェロのためのソナタ(初演)
SONATA for violin and violoncello 2007premiere
1.?=60 2. moderato lamentoso 3. lento

ピアノ三重奏曲「月の氷」
1.昔々、2.円舞曲 3.リフレクション 4.夜曲 5.エピローグ
Piano Trio "Ice of The Moon"2006
1.once upon a time, 2.waltz 3.reflections 4.serenade 5.epilogue

 

堀越みちこviolin,viola
HORIKOSHI michiko


ドミトリー・フェイギンvioloncello
domtri FEIGINE 


中川 俊郎 piano
NAKAGAWA toshio

 

プログラムノート
ベートーベンのトリオと初演を含む三つの自作品。僕自身が最も信頼する三人の演奏家。

そしてピアノトリオを中心としたプログラム...というわけで3という数字が今回の個展・

リサイタルのキーワードになりました。副題とした” Trinity(三位一体)”は本来キリスト教の教義の言葉ですが、三つのエレメントが融合する、あるいは3という数字に特別な意味を持たせるという三位一体の考え方自体はキリスト教以前の古代から各地の人類の中に広くあったようです。例えば4(四大元素)という数字には分離、争い等の概念が賦与されていたりしています。調べてみると昔から人はそれぞれの数字に固有の神秘的な意味を賦与させていたのだということが解りました。ということで様々な3の要素が仕掛けられた今夜のコンサート(実は初演の新作の中にも3が含まれています)ですが、そんな主催者の思惑にはとらわれずに最後までお楽しみ頂ければ幸いです。改めて言うことでもありませんが音楽は作品、演奏家、それを聴く聴衆という三者が融合するなかで生まれてくるものです。演劇、舞踏、映画等全ての再現芸術にこの三位一体は共通するものだと思います。

● ピアノ三重奏曲「カカドゥ変奏曲」
1824年に出版され、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲としては最後の11番目の曲。序奏のト短調のアダージョの部分は曲全体のバランスを崩す程の長さと重厚さを持ち、半終止した後ト長調で「私は仕立て屋カカドゥ」の主題による10の変奏曲とロンドの主部に入る。作品番号121aはすでに後期の作品の範疇だが、書法からはこの作者の中期かそれ以前の作品のように思える。さすがに構成的にはよく配慮されているが主部となる変奏曲と冒頭の重い短調の序奏部とのプロポーションが、不思議な存在感を作品に与えている。

●「石の年代記写本」の始まりは2001年だった。古い写本のなかにある古代の楽譜を解読し現在の楽器で再現するというコンセプトで始めに五重奏(Fl,Cl,Vn,Vc,Pf)の作品が出来、以後これまでに様々な編成で書き次がれ、この個展・リサイタルのシリーズの中でも演奏されている。今回はビオラとピアノのためのバージョンで第2曲と第3曲が初演となる。「対話」賢人たちの議論または哲学的な論争 「聖歌」典礼で歌われる祈りの歌 「舞曲」民族的な舞踏 「悲歌」死者と残された者たちへの慰めのための歌で締めくくられる。
(マザーアース近刊) 

●ヴァイオリンとチェロのためのソナタは三つの楽章で構成されている。古典的な意味での厳格なソナタ形式の作品を期待されると作者としては少し困ってしまうのだが、有機的な統一性を保つことは心がけたつもりだ。また作品全体を通しての律動、固定観念としてのリズム形の中に図らずも3という数字が強く関わることになった。第1楽章は変則的なソナタ形式で主要な動機は生長するように提示される。 第2楽章で見えない歌の断片を求めて二つの楽器がさすらう。 第3楽章、固定観念のリズムとそれに支配された歌謡的な主題が提示され作品全体のエピローグになる。今回の初演を快諾してくれた堀越みちことD.フェイギンに感謝を込めて捧げる。
(マザーアース近刊) 

●「月の氷」という言葉は「澄み渡って氷のように見える月」「月光が水に映ってきらめくさま」をあらわす和歌の言葉だが、ここから月光を浴びて動き出す異界の住人(妖精、魔物)たちと彼らを主人公にした幾つかの寓話が浮かんできてこのトリオが誕生した。作曲は2006年の夏、初演者である堀越みちことフェイギン夫妻に捧げられた。
昔々、2.円舞曲 3.リフレクション 4.夜曲  5.エピローグの五つの章から成る。
2007年の1月、第11回JFC(日本作曲家協議会)アンデパンダンで初演され、会場での聴衆アンケートによりアンコール希望一位作品に選ばれた。

堀越 隆一

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